2011年03月

2011年03月30日

春近し

暦の上ではすでに春ですが、こちらの地域では
まだ朝に霜が降りていたりする日もあって、感覚
的にはまだ冬のような気がします。


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でも、そんな寒い我が家の庭にも、スイセンが咲きました。
昨年の猛暑と湿気で、家の花壇はバラその他の
綺麗な植物達が軒並み枯れてしまい、この春は
無残な花壇になっています。
その中に、黄色くポッと咲いてくれて、丈夫な
スイセンに感謝です。

1995年に起こった阪神淡路大震災で、被災
後の神戸をお見舞いに行かれた皇后陛下が
現地に供えられた花束が、皇居で摘まれた
スイセンで作られた花束でした。
我が家のスイセンとは違う品種で、もう少し
花が小型の種類でした。
スイセンの咲くこの時期に、再び大震災が起こ
っているというのは、なんとも悲しい偶然です。

先月、庭のブルーベリーの樹が一株枯れて
しまって、新しい苗を買ったけれど、枯れた
ものももう一度植えなおしたという記事を
書きました。

2月28日「ブルーベリーのリベンジ」

もしかしたらまた新芽が出ないかと、数日おきに
枯れた樹を眺めていたのですが・・・・

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・・・・ん??


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あっ!!!

この赤いの、新芽だと思います。
幹のずっと下のほう、地面から数センチのところ。
ゴマ粒よりも小さな新芽。

先のほうの枝は枯れたけど、根に近いところは
生きてたんだ~♪
感動です。

やっぱり、何事も諦めちゃあダメですね。
諦めないというのは、たとえ1ミリずつであっ
ても前へ進んでいるということ。目標に
近づいているということ。
止まってしまったら永久に目標には近づけ
ません。

私は、昔から頑固だとよく言われるけど、
諦めだけは悪いんですよ。
それが良いのか悪いのかは・・・。
どうなんでしょう??(笑)




drecom_yururi_n at 22:27|PermalinkComments(4)TrackBack(0)庭・植物 

2011年03月26日

破魔弓

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少しブログの更新が滞ってしまってすみません
でした。また風邪を引いてしまっていました。
夜遊びがたたったか・・・(^^;)
風邪も引いてたけど、弓も引いてましたよ(笑)

古来より、日本では弓矢は神聖なものと
されてきました。
一見単純な仕掛けである弓を使って、何十m
も先に矢を飛ばして的に中てるというのは、
神業だと思われていたのかもしれないですね。

画像の小さな金色の的「金的」は、邪気を
払う的としてお祭りの射会でよく用いられ、
これを射落とすことは名誉な事とされています。

神社にはお守りとして「破魔弓」があるし、
神事でも弓矢を使って吉凶を占ったりする
ものがありますね。
さらに宮中では「鳴弦の儀」という儀式があり、
弦を鳴らす音で邪気を払うと言われています。
こちらの地域で行われる「お祭り弓」も、祭り
の間に邪気がやってこないよう、神社で弓を
引き続けるという意味があります。

先日、近くの神社で射会が行われました。
東北関東大震災の影響で、ここ2週間の
弓道の試合は軒並み中止になっており、
この射会も中止かもしれないと思って
いましたが、予定通り開催となりました。

開会式の宮司さんの挨拶で、神社と祈りと
弓矢には深い関係があり、弓矢には邪気を
払う意味があるので、被災地への想いを一矢
一矢に込めて皆で復興を祈る射会としましょう
という言葉がありました。

私個人の成績としては、いまひとつの出来で
したが、一矢一矢、精一杯引かせていただきました。
ただ、「早くなるのではないか」という恐れが
まだけっこうあって、上半身に力が集まって
しまって、柔らかく淡々と引くことができません
でした。ギーギー力んで引いてしまった~。
心配しなくても、一本も早くならなかったのに・・・。

最近、練習では少し的中が安定しつつあって、
これは!(´∀`)なんて思ってたけど、本番で
こんなことではいけませんね。
不安から来る妙な緊張がありました。
もっと場数を踏んで自分の会に自信を持たないと。

ということで、私は金的を落とす事はできなか
ったのですが、2名の方が見事に金的を射落と
されました。

地震・津波・原発事故と続く災難を、これで
断ち切ることができるよう、祈るばかりです。



drecom_yururi_n at 02:02|PermalinkComments(7)TrackBack(0)弓道 

2011年03月21日

○○年ぶりの同窓会

昨日、中学校の同窓会がありました。
私は当時の家には小学4年のころ引っ越し
てきて、中学を卒業して1年くらいでまた引っ
越してしまったので、その後は小中学校の
頃の同級生達とは全く会えていませんでした。
○○年ぶりに会う人ばかり・・・(←2桁ってところが・苦笑)

実は、一ヶ月くらい前に、幹事さんが丁寧な
手書きの案内はがきをくれていました。
私が先生に出していた年賀状から、住所を
調べてくれたようです。
その子ももう結婚していて、苗字も住所も当時と
は変わっていました。

しかし、ドジな私は返事をする前にその丁寧な
はがきを紛失・・・・。
連絡先不明に・・・・(滝汗)
はがきには同窓会の日にちは書いてありましたが
場所はまだ決まってなかったので、直接行く事も
できない。。。
他に連絡のつく同級生は無く、これはもう参加
不可能かと諦めかけてました。

ところが、偶然にも、私が名古屋にいた頃に勤め
ていた職場に、同級生の一人が通っており、
以前に中学校の話題が出て、「それなら、
ここに君と同級生の子(←私)が以前勤めて
たよ」という話が出たのを覚えていてくれて、
その以前の職場を介して同級生と連絡
がついて、同窓会に参加できることになりました!
人の繋がりって面白いですね。

本当に10年以上全然会っていないメンバー
なので、場になじめるかとちょっと心配だった
のですが、会場の前で皆と会ったとたん、その
心配は吹き飛びました(^-^)

当時、家が近所で、小中と同じクラスや同じ
部活になることが多かった子が、ものすごく
再会を喜んでくれました。
私も一瞬にして当時と変わらぬ感覚で
話すことができて嬉しかったです。

みんなもちろん背も伸びて大人になってまし
たが、話してみれば当時の思い出が次々と
蘇り、3年生の時の担任の先生と部活の顧問
だった先生も来てくださっていたので、懐かしい
話でとても楽しい時間が過ごせました。

先生の一人はもう退職の年齢になっちゃってて
びっくりだったし、もう一人の先生は昔と変わらず
飄々としてて、ダンディなおじさまになってました。
先生達と生徒がお酒を酌み交わすなんて、なん
だか不思議~。

ママさんパパさんになった子もいれば、家業を
継いだり、皆様々な職に就いていて、それぞれ
の道を進んでいるのだなぁと感じました。
卒業アルバムを見ながら、変わったねぇとか
変わらないねぇと盛り上がりました。

私は、当時と変わらなさ過ぎて(背も伸びて
ないし、髪型も当時と同じ感じだし、化粧ほと
んどしてないし)、皆にびっくりされたけど(爆)

久々に夜遅くまで楽しい時間を過ごし、この
まま連絡を取り合って、毎年集まれると良い
ねと言い合って同窓会はお開きになりました。

家に帰ったらすっかり午前様で、今日も眠い・・。
こういうところに歳を感じます・・・(--;)
もう夜遊びは無理なのかしら~。






drecom_yururi_n at 19:44|PermalinkComments(6)TrackBack(0)お出かけ 

2011年03月18日

震災と高齢者

昨日あたりから、寒さも増して被災地で
高齢者の方々が体調を崩すというニュースが
流れてきました。
中には、命を落とす方々も出ていて、深刻な
問題になっています。

地震での被災地で、こういうケースが出ている
ようですが、昨日今日と多くの方が亡くなった
のは、原子力発電所の避難地域の病院の
患者さんでした。

一部報道では医師や職員が患者100人以上
を置き去りにして逃げたため、患者が放置され
て命を縮めたという印象で伝えられていますが、
実際は国や自治体の避難誘導がメチャクチャ
だったための混乱が原因と思われます。

上記の病院は、避難のための迎えが来ず、
一旦一部の患者が避難したのに、そこも避難
区域になったため、また病院に戻されたり、
手配された観光バスには寝たきりの方は座って
乗れないので実質移動不可能だったり、そうこう
しているうちに原発が爆発して被曝、自衛隊の
指示で職員のみ一時退避させられた結果、患者
だけ残されたという経過でした。
患者は後に自衛隊が避難させましたが、それ
までの間、痰の吸引などができなかったため、
肺炎を起こした方々が亡くなられたようです。

こんなの、職員を責められませんよ。
国が発した避難指示なのに、避難計画のずさん
さといったらありません。一刻を争う避難なのに。
国か東電がヘリでも何でもチャーターして逃がす
のが筋じゃないでしょうか。

避難指示ではなく屋内退避範囲の施設には、避難
手段の手配すらなく「自力で避難してくれ」とだけ
言われ、バス会社などに頼んでも、危険地域
なので行けないと言われ、食料の配達の車も
来なくなり、「どうしたらいいの!!」という悲鳴
が、2日前にNHKで放送されました。

その施設には、放送を見た他県の施設から
受け入れ可との申し出があって、バス会社も
協力してくれるところが見つかり、寝たきりの
人も車両を用意して移動できる事になったそうです。
国にどれだけ頼んでもダメだったのに。。。

そして、そのニュースが流れたとたん、厚生
労働省が高齢者施設の避難を全面的に
バックアップすると発表しました。

整然と避難するためには、国か自治体が
順序だてて計画を作るのが当たり前と
思っていたけど、一人くらいこういう施設が
大変なんじゃないかって思いつく人は
内閣にいなかったのでしょうか。
厚生大臣ですら気づかなかったのかなぁ。。。





drecom_yururi_n at 23:41|PermalinkComments(6)TrackBack(0)その他 

2011年03月16日

こんな時に雪

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今日は寒かったですね。
被災地にも雪が降り、暖房も無い中、数多くの
寒い思いをしている被災者の方々がおられる
かと思うと、暖房を効かせる気になりません。
こんな時に降らなくてもいいのに・・・・。

朝から昼過ぎにかけて、にわか雪となり、
強風と共に雪やアラレが降っていました。
積もる事はないのですが、昨日までの春
らしい日との差が大きすぎて、応えますね。

こちらのガソリンスタンドには行列は無いです。
「被災地支援のため、ガソリン節約にご協力
ください」の張り紙はしてありました。

東海地方からは電気は関東方面にはたく
さん送電できないそうだけど、それなら東海、
関西はエアコンで暖房をして、灯油は買わ
ないようにして被災地優先に回してもらった
ほうがいいのかもと思いましたが、エアコンか
灯油ストーブか、、どちらを使ったほうが、より被
災地の助けになるできるんでしょうね?

ここ数日、昼夜を問わず自衛隊のCー130が
飛んでいく音がします。
今夜は特に多いです。
こちらは愛知県の小牧基地も岐阜県の各務原
基地も近いので、たくさんの物資が輸送されて
いるのだと思います。
どうか早くすべての被災者の方に食物と暖かい
服装や暖房の設備が届きますように。

201103151736000
寒い中でも土筆を見つけました。
春になれば、津波で流された町にも、
放射線で被害を受けた土地にも、植物が
きっと芽を出すと思います。

どうかどうか、被災地に早く春が訪れますように。








drecom_yururi_n at 23:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)その他 
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